吉田拓郎のオールナイトニッポンを聴いた。

久々だ、拓郎の声をラジオから聴くなんて。
     ↓
http://www.allnightnippon.com/gold/mon/



しかもFMではない。

中波の「ニッポン放送」だ。

中学時代から大学時代まで、僕は深夜放送で育った。



山本コータローの「パック・イン・ミュージック」を聴いた。

かぜ耕士の「タムタムタイム」を聴いた。

谷村新司のの「天才・秀才・バカシリーズ」を聴いた。

中島みゆきの「歌としゃべりのギャップ」に驚いた。

もちろん、タモリもビート・たけしも聴いた。

落合恵子や愛川欣也も聴いたし、「萩本欽一のドーンといってみよう」も聴いた。

ラジオが全てだった。


そして、吉田拓郎の深夜放送は全て聴いた。

最初の奥さんの「おけい」との結婚を解消する拓郎の生放送も聴いた。

ちなみにこの「おけい」こと四角桂子さんと結婚するときのことを唄ったのが「結婚しようよ」だ。


吉田拓郎2番目の奥さんの「浅田美代子」が初めて拓郎の深夜番組に出た放送も聴いた。

ちなみに、浅田美代子さんと結婚するときのことを唄ったのが「隣の町のお嬢さん」だ。



深夜放送は受験生の、そして青春時代の悩みを全て受け入れ、吸収してくれるメディアだった。

面識も無いディスクジョッキー(DJ)に人生の生死をかけたような悩みまで全国の青春時代の若者は手紙で送り続けていた。

人生の先輩であるDJからのアドバイスを真剣に受け取っていた。

ラジオはテレビに比べて距離が近い。

そして、町が眠りについている時に密かに起きている、という一体感がリスナーにはあった。

中学時代のガールフレンドが僕のためにリクエスト曲を(たしか、拓郎の『どうしてこんなに悲しいんだろう』だった)を贈ってくれた。

僕が育った新潟は東京のニッポン放送よりもお隣の韓国放送や中国放送、ソ連放送のほうがよく聞こえて、本当に雑音の多い番組を必死に聴いていた。


深夜放送で育った世代も、もう還暦になったり、子どもが青春時代を過ごしている人たちになってしまった。


吉田拓郎と坂崎幸之助が東日本大震災のためにチャリティーの番組をやっている。

台本も何も無い(ほぼ無い)ラジオ番組。

今、僕と同時にこの世界の空気を吸っている時間を共有している、「元」青年のみんな。

元気?
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